2012年11月16日

仕様書は必要か

2007/05/09(Wed) 14:15
(昔書いた愚痴です)

仕様書が必要かどうかを真剣に議論し、不要であると言い切る人がいる。その気持ちはわからなくもないが、もし不要であるなら、その人はどうやって、何に基づいて設計やコーディングをおこなうのか?いうまでもなくそれはユーザーの要望である。要望というより、要求といったほうがいいか。おそらく、その要求があいまいだったり頻繁に変更されるために、わざわざドキュメントにすると二度手間になるという理由だろう。しかし電話・メール・会議等で、必ずユーザーの要求は言葉にされているはずである。もしくは図にされているはずである。
それが仕様書である。仕様書なしにユーザの声を直接拾ってプログラミングするのが、混乱の原因だ。少人数で、解析もデバッグもやるならいいのだろう。おそらくほとんどの職場ではそうなっているのだろう。
それで何十何百時間も残業して、それで生活を成り立たせているのだろう。


posted by delsoli at 18:13| プロジェクト管理 | 更新情報をチェックする

ソフトウェア開発がスケジュールどおりに行かない理由

2007/04/04(Wed) 14:10

それは人間の利己心とソフトウェアの本質による。生産性は書いたプログラムの量とかかった時間で計られるのだが、遅れようがバグを満載しようが、作者には何のお咎めもない。しかられたり出世が遅れたりするかもしれないが、連日徹夜してまで防ぐようなことではない。プログラムというのは結局は書いた人にしかわからないものだ。みんなで書けばみんなが理解できるが時間がかかる。天才プログラマであればほっておいてもいいものができる。むしろ彼らにはレビューや進捗管理は仕事の妨げにしかならない。今から述べる事は恐ろしい事実で多くの人は目を背けたくなるだろうが、避けがたい事実である。プログラマは、スケジュールを故意に遅らせているのである。

なぜか?残業したほうが給料が増えるからだ。すわってコーヒーを飲みながらキーボードをたたいていれば、金がもらえるのだ。こんな楽しいことはない。楽しい時間は少しでも長くしたい、だから長引かせる。
しかも長引くと、仕事が遅れると残業代やら深夜残業代などのおいしいオマケがついてくる。これで定時にスケジュールどおりに仕事を終えようと考えるのはよっぽどの人格者かアホだ。

実際、私が開発業務をしていたときは全員がこう考えていた。給与明細を見て残業が何時間だったかと比べあうのである。多分、今もそうだろう。残業やスケジュールの遅れが会社にとって不利益になるかどうかなど、誰一人考えない。考えるのは管理者だが、それだってそれが仕事だから考えているにすぎない。そもそも、企業が利益をあげるという行為は、利己的な行為なのである。そこを皆忘れている。

これはソフトウェア開発だけに当てはまる事ではないが、ほかの仕事は仕事の成果が外から見えるので、こんなインチキが許されないだけだ。先ほどのべたように、プログラムは書いた人にしかわからない、
アウトプットだけしか人は見ない、見たくない・・・。ここにプログラマやSEのインチキがまかり通る理由がある。ではこれを防ぐにはどうしたらよいか。一番いいのは、プログラムなんか作らない事だ。パッケージソフトを買う事。それも、ベストセラーになっているくらい、広く長く流通しているもの。そして、アップデートされ続けられるもの。まあそれは無理だろうが、なんでもかんでもCで書こうとしないことだ。

もうひとつは、労働基準法を改正して、残業代が割り増しになるのをやめる。休日出勤も。完全なる成果主義にする。・・・不可能。こういうことを考えて、私は開発の仕事をやめた、というか、開発の仕事をしなくていい理由をこういうことにしたてた。そして、働く事自体を、否定した。
posted by delsoli at 18:07| プロジェクト管理 | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。